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宇宙進化研究センターの松林和也特定研究員が主要メンバーとして参加している研究開発チームが、すばる望遠鏡可視光波長での補償光学に成功しました

東京大学カブリ IPMU、愛媛大学、国立天文台の研究開発チームは、同チームが開発してきた京都三次元分光器第2号機(図1、注1)と188素子補償光学装置(注2)を接続することにより、可視光波長での本格的な補償光学観測に初めて成功しました。

 補償光学がない場合と比べて、空間解像度が最大2.5倍も改善されました。188素子補償光学装置と京都三次元分光器第2号機を組み合わせた観測は、今後、銀河の詳細な構造や遠方銀河の形成過程の解明に大きく貢献すると期待されています。

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図1: ナスミス焦点に移動中の京都三次元分光器第2号機。装置の大きさはおよそ2mあります。画面左端に見える黒い箱のようなものは188素子補償光学装置の一部です。(クレジット:国立天文台)

 地球の大気を通して宇宙を観る天体望遠鏡は、大気の揺らぎのため、これまでは望遠鏡が本来もつ空間解像力を十二分には活かせませんでした。その大気の乱れの影響をリアルタイムで補正して本来の空間解像度を達成する技術が「補償光学」です(注1)。すばる望遠鏡をはじめとする世界中の大型地上望遠鏡で補償光学装置の開発が行われ、科学的成果を多く生み出しています。
 しかし、補償光学を利用できる観測装置は専ら赤外線波長の観測装置に限られていて、可視光波長では利用できませんでした。波長の短い可視光波長では、細かい長さスケールかつ短い時間間隔で大気揺らぎを補正する必要があります。つまり、補償光学装置の性能が同じであっても、波長が長い赤外線の方が補償光学の効果が得られやすく、空間解像度が上がりやすいのです。そのため、補償光学装置に接続した本格的な可視光観測装置はこれまで実現できておらず、補償光学の効いた高い空間解像度の観測を行うことができませんでした。

図2: 球状星団M3の補償光学装置非使用時(左上図)と使用時(右上図)の画像。どちらも観測波長は660nm、露出時間は10秒、視野は50秒角×35秒角の領域を切り出したものです。下段の図は補償光学装置非使用時(左下図)と使用時(右下図)の一部領域の拡大図です。補償光学なしでは分解できなかった星が、補償光学を使うことできれいに分離できていることが分かります。(クレジット:国立天文台)

図2: 球状星団M3の補償光学装置非使用時(左上図)と使用時(右上図)の画像。どちらも観測波長は660nm、露出時間は10秒、視野は50秒角×35秒角の領域を切り出したものです。下段の図は補償光学装置非使用時(左下図)と使用時(右下図)の一部領域の拡大図です。補償光学なしでは分解できなかった星が、補償光学を使うことできれいに分離できていることが分かります。(クレジット:国立天文台)

 研究開発チームは、すばる望遠鏡に搭載された高性能な188素子補償光学装置を使えば、可視光波長でも空間解像度が改善するのではないかと考えました。そこで数値シミュレーションを行ったところ、可視光波長でも確かに空間解像度が改善するはずであるということが確認できました。この結果を受けて、研究開発チームは可視光で補償光学観測を行うために、可視光多機能観測装置である京都三次元分光器第2号機と188素子補償光学装置を接続するための開発を進めてきました。そして2012年4月3日に試験観測を行い、可視光波長での本格的な補償光学観測に初めて成功しました。 その際に得られた画像が図2です。観測天体は球状星団M3の一部で、観測波長は可視光の660nmです。左図が補償光学装置を使わなかった時、右図が補償光学装置を使った時の画像です。補償光学を使用することで空間解像度が上がり、ぼんやりと見えていた星々がはっきり見えています。また、補償光学なしでは分離できなかった星が、補償光学を使うことで分離して見えているものもあります(図2拡大図)。空間解像度の改善具合を測ってみると、補償光学の効果が大きく効いている星では、空間解像度が0.5秒角から0.2秒角へと大幅に改善していることが分かりました(注3)。
 京都三次元分光器第2号機は通常の撮像・スリット分光観測だけでなく、正方形に近い視野で分光を行い天体の詳細構造を明らかにする「面分光観測」を行うことができます。図3は銀河中心に活動銀河核を持つ銀河NGC4151を、補償光学と面分光機能を使って観測して得られた画像です。銀河にある星や活動銀河核から放射される連続光で見た画像(図3左上)だけでなく、水素(同右上)、硫黄(同左下)、アルゴン(同右下)のガスが放射する光(輝線)の波長で見た画像も同時に、しかも高解像度で得ることができました。さらに詳しい解析を行うことで、電離ガスの運動や励起状態などを詳細に調べることができます。
 京都三次元分光器第2号機と188素子補償光学装置の接続が完了したことにより、可視光波長で面分光観測を高解像度で行うことが可能になりました。「これらの装置の組み合わせで観測を行うことで、特に近傍銀河の詳細な構造や遠方銀河の構造形成のさらなる解明に向けて研究を進めたい」と研究開発チームは意気込みを語っています。

 図3: 銀河中心に活動銀河核を持つ近傍銀河NGC4151を、面分光機能を使って観測して得られた画像。(クレジット:国立天文台)  左の4枚の図が補償光学装置非使用時、右の4枚の図が補償光学装置使用時の画像です。露出時間はどちらも120秒です。左上図が星や活動銀河核から放射される連続光の波長で、右上図が水素の輝線の波長で、左下図が硫黄の輝線の波長で、右下図がアルゴンの輝線の波長で見た画像です。


図3: 銀河中心に活動銀河核を持つ近傍銀河NGC4151を、面分光機能を使って観測して得られた画像。(クレジット:国立天文台)
左の4枚の図が補償光学装置非使用時、右の4枚の図が補償光学装置使用時の画像です。露出時間はどちらも120秒です。左上図が星や活動銀河核から放射される連続光の波長で、右上図が水素の輝線の波長で、左下図が硫黄の輝線の波長で、右下図がアルゴンの輝線の波長で見た画像です。

注1: 京都三次元分光器第2号機の特長や代表的な観測成果についてはリンク先のプレスリリースご覧ください。

注2: 補償光学と188素子補償光学装置の詳細についてはリンク先のプレスリリースご覧ください。

注3: 天体からの光量の50%が入る直径で表現すると、0.60秒角から0.50秒角に改善されました。

<研究支援部>