(広島大学大学院生物圏科学研究科教授 上 真一)
埋め立て、栄養塩や有機汚濁物質の負荷、有毒物質の垂れ流しなどにより、瀬戸内海の環境は相当痛めつけられてきた。とは云え、瀬戸内海は単位面積当たりの漁獲量が世界最高レベルを誇る豊かな海である。瀬戸内海の平均年間漁獲量は70-80年代には40万トンを越していたが、近年低下が続き25万トン以下になっている。その原因の一つとしてクラゲの大量発生が関与しているのではないかと考えている。なぜなら、クラゲは稚魚やイワシ類などが餌とする動物プランクトンを捕食し、魚卵や仔稚魚をも食害する、いわば魚の敵である。敵を知れば漁獲量回復のきっかけがつかめるかも知れない。

実はクラゲの大量発生は最近世界各地の沿岸域で観察されるようになり、特に黒海、バルト海、メキシコ湾北部、ベーリング海東部などではクラゲの発生が顕著で、それに伴い漁獲量は低下している。クラゲはこれまで世界中で厄介物として扱われ、水産研究者によってもプランクトン研究者によっても詳しい学術調査が行われることがほとんどなかった。しかし、今やクラゲによる漁業被害、海洋生態系へのインパクトが明らかになったので、クラゲの生態に関する知見は急速に増加している。ここではクラゲの中で最もポピュラーであり、しかもしばしば大量発生するミズクラゲを中心として、クラゲとは一体どのような生物か、漁業にどんな悪影響を与えるか、増加した原因は何か、大量発生を押さえる対策はあるか、有効利用はできないか、などについてお話したい。
2.ミズクラゲの生活史
ミズクラゲの生活史は大きくクラゲ期とポリプ期に分けられる。ポリプは海底に付着しているので、通常見ることはない。瀬戸内海では2月頃にポリプからエフィラが放出され、初夏までに急速に成長し、盛夏時に最大(平均傘径25 cm以上となる年もある)となる。クラゲは秋には完全に消失するのが一般的である。従って、クラゲによる漁業被害が出るのは初夏から秋までの期間である。
3.クラゲによる漁業被害調査
瀬戸内海一円の漁業関係機関にアンケートを行い、次の結果を得た。
1)
底曵網やパッチ網へクラゲが混入し、曵網が不可能となる。
2)
混入したクラゲの粘液により、漁獲物の市場価値が低下する。
3)
クラゲの大量出現により、魚群がやって来ない。
4)
刺し網にクラゲが掛かり、網の引き上げに支障を来す。
5)
特にアカクラゲの場合には刺胞毒により皮膚や目を刺され、作業に支障を来す。
このようなクラゲによる漁業被害(下図の三角印)は瀬戸内海全体に及んでおり、多くの漁業者は「この5-10年間にクラゲが増えた」と答えている。

4.ミズクラゲの大量発生−2000年夏、宇和海
2000年8月に宇和海沿岸にミズクラゲが大量発生した。その時、セスナ機からクラゲの群れ(下図の黒い部分)の写真を撮り、漁船をチャーターして群れの中のクラゲの密度を調査した。その結果、宇和海全体での出現総個体数、総湿重量はそれぞれ5億8千万個体、9万4千トンと推定された。

5.クラゲスパイラルの考え
クラゲの増加をもたらす原因について以下のような可能性があげられる。
1)
富栄養化あるいは栄養塩比の変化によるクラゲの餌となる小型動物プランクトン現存量の増加。
2)
コンクリート護岸、浮き桟橋の設置などによるクラゲのポリプの付着面積と生残率の増大。
3)
温暖化によりクラゲが越冬可能となり、翌年さらに増加。
4)魚類資源が乱獲状態で競合相手が少なくなって、クラゲに有利になる。
クラゲは魚卵や仔稚魚までも捕食するので、一旦クラゲが増えると、魚類の資源回復は一層困難となってしまう。その結果、クラゲは益々増大の方向に向かう。この過程を「クラゲスパイラル」と名付けることとする。近年の漁獲量の低下は、瀬戸内海がこのクラゲスパイラルに陥っているためであろうと推定される。

6.対策、有効利用
上に述べたクラゲの増加をもたらす要因を取り除けば、クラゲは減少する方向に向かうであろうが、実際には困難であろう。外国では増えたクラゲを捕食するより強力なクラゲが出現し、大量発生が沈静化したことが報告されている。自然の生態系の変化に委ねるしか方法はないのかも知れない。発電所の取水口などに取り上げられたクラゲの処理方法は、生物学的分解も含めて現在検討されている。最近、ミズクラゲは中華クラゲのように食用となることが発見された。これまで食品としての利用は全く考えられなかったが、新たな需要が起こる可能性がある。